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’66年
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19歳でプロ入り。
「石川昌とカウント・バッファロー」「杉本喜代志カルテット」を経る。
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’69年
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「ジョージ大塚カルテット」に参加、脚光を浴びる。同年、自分の初のリーダーでアルバム「デビュー」「TBMレコード」を発表。
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’70年
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ジョージ大塚グループでのアルバムの参加。その後、渡辺香津美の初アルバム、日野元彦の初アルバムに参加。
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’71年
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ニューヨーク帰りの日野皓正クィンテットに参加。同年秋にベルリン・ジャズ・フェスティバルに日野バンドで出演、この演奏はライブレコードになっている。
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’72年
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カーネギー・ホールで行われたニューポート・ジャズ・フェスティバルに日本人では初めて出演。NYから帰国後、日野バンドとアルバム「藤」、レジー・ワークマンと「A・パート」で共演、マル・ウオルドロンなど、次々にレコーディングに参加。
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’73年
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日野バンドを脱退。自己のグループ活動に入る。様々なミュージシャンとセッションを重ねた後、自己のオリジナリティ、音楽観を見つめ直す為、5年程音楽とは離れた生活を送る。
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’80年
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チルコバンオーケストラ、に東南アジアツアーに参加。
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’84年
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カムバック。
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’85年
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スティーブ・ガッド、エディ・ゴメスらと一週間のライブ、これを皮切りに積極的な音楽活動に入る。
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’87年
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上野尊子、88年、ジュリアのレコーディングに参加。浅川マキのレコーディングにも85年から87年にかけて参加。
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’88年
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日野元彦リーダーのCD、コンサートツアーに参加。
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’89年 ’90年
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浅川マキとレコーディング、ライブに活躍する。
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’92年12月
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東芝EMIにリーダーアルバムを吹き込む。発売は5〜7月の間、彼の音楽ルーツとなっている、ダニーハサウェイ、マービーゲイルの曲など。本田竹廣、辛島文雄、自己のカルテットで、都内のライブハウス、コンサートなどでプレイする。
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’00年〜
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現在は自己のグループ、スターシップ、峰厚介との2テナー、その他でコンサート、ライブを行っている。
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